足利俊綱(あしかが としつな)下野国足利荘を本拠とする藤姓足利氏4代当主。平氏政権下の有力武将として活動したが、頼朝の台頭や一門内の対立の中で追い詰められ、家人の桐生六郎に殺害された。足利忠綱(あしかが ただつな)藤姓足利氏5代当主。「末代無双の勇士」と称され宇治川の戦いで先陣を切る功を立てた。恩賞への不満から平氏と距離を置き、後に頼朝に帰順するも嫌疑により逃亡した。桐生六郎(きりゅう ろくろう)藤姓足利氏の家人。主君である足利俊綱を裏切り討ち取ったが、主君を殺害する行為は不当であるとして、頼朝の命により処刑された。
Res0001... ■成田甲斐 [Date:2026/07/18(土) 19:20] [削除] [編集]
足利俊綱の左右の袖が違うのは鎌倉時代辺りは小具足を左腕だけに着けるのが正式だったようなので今回はそれにしてみました。甲冑の中に着ている直垂を左肩だけもろ肌脱ぎにしてそちらだけ小具足を着けるのだそうですよ。