北条泰時(ほうじょう やすとき)鎌倉幕府第3代執権。承久の乱を平定し、「御成敗式目」を制定して裁判の公正化と武家法を確立し、多くの人々に慕われた名君。北条時氏(ほうじょう ときうじ)泰時の長男。承久の乱の宇治川の戦いで敵前渡河の武功を挙げ、六波羅探題北方として京都の治安維持に尽力するも若くして病没した。北条経時(ほうじょう つねとき)鎌倉幕府第4代執権。訴訟制度の迅速化など優れた行政改革を行って政権の安定を図り、のちの弟・時頼への円滑な執権継承の道を開いた。