佐々木盛綱(ささき もりづな)佐々木秀義の三男として生まれ、源平合戦や奥州合戦で手柄を立て、のちに備前などの守護を務めた。加地信実(かじ のぶざね)佐々木盛綱の子。15歳の時、大倉御所での双六の最中に工藤祐経の無礼に激高し、石礫を叩きつけ流血させた事件で父の盛綱から義絶されたという。